端午の節句の由来―Q&Aで子供にも説明できる!―

端午の節句の意味や由来をわかりやすく紹介します。

「子供向け」の簡単な解説と「大人向け」の詳しい解説があります。

子ども向け「端午の節句」Q&A

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1.「端午の節句」ってどういう意味?

端午は「5月5日」って意味だよ。

端午の「午」と「五」がおなじ音だから、5日にお祝いをするんだ。

「節句」は季節の行事って意味だな。

3月3日のひな祭りも「節句」だし、7月7日の七夕も「節句」だよ。

2.なんで男の子だけのお祝いなの?

5月は「菖蒲(しょうぶ))」っていう植物が立派に成長する季節なんだけど、この菖蒲は、病気から守ってくれる力があると昔の人は思っていたんだ。

その菖蒲を5月5日に飾って、健康でいられるようにと願うようになったんだ。

そして、この「菖蒲」が、昔のお侍さんを意味する「尚武(しょうぶ)」と同じ音だから、将来お侍さんになる「男の子」の健康を願う日になったんだよ。

お侍さんは「男」だけで女の子はなれなかったからね。

3.つまりダジャレってこと?

まあ、そうだね。

昔の人は、音が同じ言葉を似た意味でとらえて「縁起がいい・悪い」と考えていたんだよ。

4.何で鯉のぼりを飾るの?

鯉は川の流れに逆らって、ずっと泳いでいくと、やがて「竜」になったという有名な昔話があるんだ。

将来、立派な人になれるようにという願いを込めて鯉のぼりを飾るんだよ。

5.何で兜を飾るの?

鎧や兜は戦いに出たお侍さんの身を守ってくれる道具だろ?

キュウレンジャーの変身後のスーツみたいなもんだ。

病気や怪我から身を守ってくれますようにと言う願いを込めて飾るんだよ。

大人向け基本知識

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1.「端午の節句」とは?

そもそも「端午(たんご)」とは月の初めの「午の日(うまのひ)」という意味です。

かつては、暦年と同じように暦日(日付)も「子・丑・寅・卯・辰・巳・・・」と12日周期で数えていました。

午の日も12日に1度めぐってくるので、毎月の最初の「午の日」を「端午」と呼んでいたのです。

しかし、5月5日が必ず「端午」になるわけではありません。

実は「午」を「五」と読み替えて、月の最初の5日を端午と呼ぶようになったのです。

次に「節句」というのは、中国で紀元前から季節の節目に行われていた宮中行事のことです。

その中でも、3月3日や5月5日、7月7日など奇数が重なる日は、特に重要な「節句」として尊ばれてきました。

5月は忌み月(いみづき)と言って、病気が蔓延する悪い月だとされ、5月5日邪気を払う宮中行事が行われるようになりました。

日本ではすでに奈良時代には「端午の節句」が定着していたと考えられています。

2.端午の節句の由来

では、何故、現在のように「男の子」の節句としてお祝いをするようになったのでしょうか?

稲作文化である日本において5月は「田植え」が始まる時期です。

かつては、女性が田植えを行う前に、身の穢れを払う儀式があったそうで、これが「端午の節句」と結びつき、女性を邪気から守るための行事とされていました。

香りが強く、刀の形をした植物である「菖蒲」は邪気を払う力があると信じられており、これを門外に飾ったり、菖蒲を浸したお酒を飲むなどして厄除けをしていました。

武家社会が定着した江戸時代になると「菖蒲」が「尚武」に通じるとして、男の子の節句に変化していきました。

「尚武」は、「武道や軍事を重視する姿勢」のことで、勇ましくて強い男性を象徴する言葉です。

家の跡取りである男の子に、病気をせずに健やかに育ってほしいという願いを込めて、節句をおこなう文化が定着していったのです。

3.節句飾りの由来とは?

「端午の節句」の節句飾りには「外飾り」と「内飾り」があります。

それぞれの意味や由来を解説しましょう。

外飾り

武者絵のぼり

「節句のぼり」「五月のぼり」とも言います。

江戸時代より前から武家では家紋の入った幟旗を外に掲げていました。

江戸時代になると、庶民も武家の風習を真似て、端午の節句に幟旗を飾るようになったそうです。

しかも、家紋だけでなく、勇ましい武者の絵が描かれるようになりました。

江戸時代においては、端午の節句の外飾りと言えば、この「武者絵のぼり」だったのです。

鯉のぼり

鯉のぼりには、鯉が川を上ると龍になるという中国の故事から「立身出世」を願う意味があります。

そのため、武者絵のぼりにもよく描かれていました。

やがて縁起のいい鯉のぼりだけが独立して、現在の吹き流しの形に変化していったのです。

また鯉のぼりには、五色の吹き流しが一緒に飾られますが、これは病気から身を守るという意味合いがあります。

もともと鯉のぼりは江戸の庶民の中で広まった風習であり、関西でも鯉のぼりが見られるようになったのは戦後になってからです。

内飾り

鎧(兜)飾り

「端午の節句」は江戸時代の武家社会で定着したため武士の象徴である、鎧兜、弓矢、太刀などが飾られるようになりました。

病気などから「身を守る」という意味合いがあります。

武者人形

武家で鎧兜が飾られるのにならって、庶民の間では、男の子の人形が甲冑を身に着けている武者人形が飾られるようになりました。

人形には、子供の一対として、身代わりとなって病気から守ってくれるものと考えられてきました。